2024年4月より順次施行が予定されている化学物質規制の見直しについてご紹介いたします

「化学物質の管理は法令を遵守してさえいれば問題なし」と考えていた企業の姿勢を改めることを迫る改正 ーー自律的管理へーーです

まずは、法改正の一部を紹介し、なぜこのような法改正をするに至ったかご説明いたします。以下は、2022年4月~5月、顧問先の(安全)衛生委員会で説明した資料を基にしています。

東京都社会保険労務士千代田支部のサイトでも紹介しました 知って得するお役立ち情報2022 ①

法改正内容抜粋

化学物質管理者の選任の義務化 2024.4.1施行

選任が必要な事業場は、リスクアセスメント対象物を製造し、又は取り扱う事業場ですが、「業種・規模要件なし」ですので、会社の規模に関わらず全業種が対象になります。

化学物質管理者の資格要件は指定講習会受講で製造事業場の受講は義務、取り扱う事業場の受講は努力義務となる予定です。

2022年4月時点で、リスクアセスメント対象物は674種(詳しくは、https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/GHS_MSD_FND.aspx)ですが、今後約3000種まで増やしていく予定のようです。

化学物質管理者の職務
・ラベル・SDS (安全データシート)の確認及び化学物質に係るリスクアセスメントの実施の管理
・リスクアセスメント結果に基づくばく露防止措置の選択、実施の管理
・化学物質の自律的な管理に係る各種記録の作成・保存
・化学物質の自律的な管理に係る労働者への周知、教育
・ラベル・ SDS の作成(リスクアセスメント対象物の製造事業場の場合)
・リスクアセスメント対象物による労働災害が発生した場合の対応

とかなり手間と時間がかかる職務内容です。
SDSとは何?、リスクアセスメントってどうすればいいの?という事業場も多いことと存じます。

保護具着用管理責任者の選任の義務化 2024.4.1施行

選任が必要な事業場は、リスクアセスメントに基づく措置として労働者に保護具を使用させる事業場になります。

適切な保護具を選定できるためには、作業環境管理と作業管理の知識が必要なので、事業場に知見がないとかなり混乱することと思います。

リスクアセスメント結果等に係る記録の作成及び保存 2023.4.1施行

  リスクアセスメントの結果及び当該結果に基づき事業者が講ずる労働者の健康障害を防止するための措置の内容等について、記録を作成し、次のリスクアセスメントを行うまでの期間(次のリスクアセスメントが3年以内に実施される場合は3年間)保存するとともに、 関係労働者に周知させなければならないこととする。

リスクアセスメントとは「事業場にある危険性有害性の特定、リスクの見積り、優先度の設定、リスク低減措置の決定の一連の手順」を意味します。

個別具体的な実施方法につきましては、https://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo01_1.html 

で解説されていますが、まずは労働安全衛生の専門家である労働安全コンサルタントか労働衛生コンサルタントに聞いていただくのが間違いないと思います。

リスクアセスメントの結果に基づき事業者が自ら選択して講じるばく露防止措置の一環としての健康診断の実施・記録作成等   2024.4.1施行

リスクアセスメントの結果に基づき事業者が自ら選択して講ずるばく露防止措置の一環として、リスクアセスメント対象物による健康影響の確認のため、事業者は、労働者の意見を聴き、必要があると認めるときは 、医師又は歯科医師(以下「医師等」という。)が必要と認める項目についての健康診断を行い、その結果に基づき必要な措置を講ずることとする。

労働者がばく露管理値を超えてばく露した時は、速やかに医師等による健康診断を実施することとする。

上記の健康診断を実施した場合は、当該記録を作成し、5年間(がん原性物質に係る健康診断については30年間)保存することとする。

化学物質を自律的に管理できている事業場では、
専門家の意見を聞きつつ健康診断項目を事業者自らが選択することができるようになります。
すなわち不要と判断した健診項目は省略できるようになります。

なぜ、このような改正を行うのか、改正に向けたこれまで流れ

1,2-ジクロロプロパン、ジクロロメタンによる胆管がん発症

契機は、1,2-ジクロロプロパン、ジクロロメタンによる印刷会社従業員の胆管がん発症で、問題が明るみに出たのは2012年5月です。

経緯を少し詳しく述べると、
1,2-ジクロロプロパン、ジクロロメタンはオゾン層破壊物質フロンの代替品として、1990年代中ごろから2012年ごろまでに販売されたインク洗浄剤に含まれていました。このインク洗浄剤を使用していた印刷会社の従業員101名のうち17名の男性従業員が胆管がんを発症し、その原因は1,2-ジクロロプロパン、ジクロロメタンで、特に前者の曝露が大いに寄与していたとされました。

この当時、1,2-ジクロロプロパン、ジクロロメタンは特定化学物質障害予防規則(特化則)の対象物質「特定化学物質」には指定されていなかったので、労働安全衛生法違反(産業医未選任、衛生管理者未選任、衛生委員会未設置)で、当該会社と社長は略式起訴され、各々罰金50万円の略式命令を受けただけでした。

ただし、労働安全衛生法は刑法の特別法で、罰金だけで済んでも前科はつきます。この刑事上の責任と並行して、民事上の責任も問われ、


2014年9月、患者6人と8遺族でつくる「胆管がん被害者の会」と会社との示談で、一人当たり一千数百万円の補償金の支払い及び再発防止に向けた安全対策の実施に関して、約束が取り交わされ、和解が成立しました。

特定化学物質とは、
労働者に健康障害を引き起こす物質として、労働安全衛生法施行令別表第3で定められた化学物質で、その中でも発がん性の恐れありとして指定された物質が特別管理物質です。

危険有害性な化学物質(640物質)についてリスクアセスメント実施を義務化したが

2016年6月1日には 

全ての業種・企業規模において、化学物質を取り扱う事業場が一定の危険有害性のある化学物質(640物質)についてリスクアセスメント実施を義務づける法改正が施行されました。
改正前は、当該640物質について、事業者間で譲渡または提供する際には安全データシート(SDS)の公布が義務付けられていましたが、改正後は製造、または取り扱う場合、リスクアセスメントも実施しなければいけなくなりました。

しかし、このように規制を強化していっても、化学物質による労働災害は後を絶たず、
化学物質による休業4日以上の労働災害のうち、特化則等で個別具体的な措置義務がかかる物質以外の物質による労働災害が約8割。
使っていた物質が措置義務対象に追加されると、措置義務を忌避して危険性有害性の確認・評価を十分にせずに規制対象外の物質に変更し、対策不十分により労働災害が発生(規制とのいたちごっこ)

という有様で、

「スタジオでコマーシャルの撮影をしていたところ、スタッフ32名中16名が、のどの痛み、咳、全身の倦怠感などの症状を訴え、救急搬送された。当日は、午前7時から撮影のため床面を水性塗料で塗装する作業を行い、塗装を乾燥させた後、11時からの撮影時にはスタジオを締切りにし、換気の悪い状態で作業を行っていた。」 のような労働災害も多発し

この状況を打開するため、前述の通り、
厚生労働省は、危険性有害性の高い化学物質を個別に特定し具体的な措置内容を法令で定めていた従来の仕組みを、事業者が自律的な管理を行うことを基本とする仕組みへと変えていくための改正を行うこととしました。

リスクアセスメントを実施している事業場は全体の5~6割程度で、リスクアセスメントを実施していない理由としては、「危険な機械や有害な化学物質等を使用していないため」が最も多く、次いで「十分な知識を持った人材がいないため」、「実施方法が判らないため」、「労働災害が発生していないため」が続いています。詳しくは https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/h29-46-50b.html

上記「印刷会社」や「スタジオでコマーシャル撮影をしていた会社」も、自分たちが扱っている化学物質が有害なものとは思いもよらなかったことでしょうが、以前よりジクロロメタンと類似構造の四塩化炭素やクロロホルムについては、肝機能障害を引き起こすことがわかっていました。1,2-ジクロロプロパン、ジクロロメタンによる印刷会社従業員の胆管がん発症で、問題が明るみに出たのは2012年5月ですが、使用当初の1990年代から、健康診断で複数の従業員に肝機能異常が認められていたとのことです。この時点で、作業環境管理と作業管理の視点から健康診断結果を見ていたら、このような悲惨な結果を防げていたのではないかと思います。

職場の労働衛生3管理(作業環境管理、作業管理、健康管理)全体を把握し、PDCAサイクルを回しながら改善していくことが求められます。

PDCAサイクルとは

Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の4段階を繰り返して業務を継続的に改善する方法です。

(続く)